コラム

「一日一題」山陽新聞夕刊掲載

文:菅原直樹

「老人ホームは舞台、認知症の老人はみな俳優」。介護現場で働くうちにこんなことを思うようになった。認知症の老人は役を演じたがっている。

介護現場で、認知症の老人が周囲の人を驚かせるほどの身体能力や認知機能を発揮することがある。その時は決まって何かの役を演じている。例えば、要介護度5のおじいさんは寝たきり状態だが、あることはできる。ラジオ体操の音楽が流れると身体が動き出すのだ。元体育教師だったという。町会議員を長年務めてきたおじいさんはマイクを握ると流ちょうな演説を始める。認知症の老人はかつて演じた役を与えると、その頃に戻ったように生き生きとした姿を見せる。

問題は、老人ホームに入所している老人の多くが役割を奪われてしまったことにある。これまでの人生で息子役、サラリーマン役や父親役など、さまざまな役を演じてきた。しかし、認知症になり、老人ホームに入所することで、家族との関係が変わり、仕事や家事を奪われてしまった。人は生きている限り何らかの役割を持ちたいのではないか。

介護職員に求められるのは演出家的な視点だ。老人の人生のストーリーに耳を傾け、今の状態を把握して、老人に合った役割を見つけること。役割を与えられた老人は、舞台に立つ俳優のごとく輝きだす。その姿を見ることが介護職員のやりがいなのだ。

ぼくはいつか認知症の老人と舞台を作りたいと思っている。老人ホームではなく、劇場で上演をしたい。認知症の老人が演じて、観客を感動させる。終演後に拍手を浴びる笑顔を見てみたい。それは観客である地域住民や家族にとっても大きな希望となるはずだ。認知症になっても今を楽しむ主人公でいられるのだ。