コラム

「一日一題」山陽新聞夕刊掲載

文:菅原直樹

人生に迷っている若者がいたら介護の仕事を勧めることにしている。住んでいるところが都市だとすれば、地方の老人ホームで働いてみるといいかもしれない。

いきなり地方の老人ホームに飛び込むなんて、知り合いもいないし方言も分からないし、生きていけるのかと不安に思うだろう。大丈夫。どこの老人ホームにも必ずフレンドリーなおばあちゃんがいる。介護の仕事は老人の面倒をみることだと勘違いしている人がいるが、老人に面倒をみてもらうことも時には重要な仕事となる。おばあちゃんは畑の耕し方を活(い)き活きと教えてくれるだろう。

もちろんフレンドリーなおばあちゃんばかりではない。老人ホームには頑固なじいさんもいる。君は怒鳴られたり、殴られたり、小便をひっかけられたりする。じいさんの頑固な性格を変えようとして修羅場を迎えるかもしれない。君は「勘弁してくれよ」と弱音を吐くが、じいさんは他人の支えがないと生きていくことができない。

しばらく嫌々ながらも介護をしていると、じいさんの頑固さに慣れてきた自分に気づくだろう。いつも通り小便をひっかけてくれないと心なしか寂しい。君は問題を解決しようとするのではなく、問題に「慣れる」という対処の仕方を知る。じいさんの存在を丸ごと受け入れたとき、あれほど変えようとしても変わらなかったじいさんが変わりはじめる。

このようにして老人を介護していくことで、君は生きていく知恵を身につけることができる。老人ホームの老人の多くは地位や名誉を失い、金銭管理は別の人間に任せている。果たして何も持たない老人たちに「幸せ」と呼べる瞬間は訪れるのだろうか。もし君が自分の仕事に誇りを持つことができたのなら、それは最期の最期まで希望を持てる人間になったということだ。