コラム

「一日一題」山陽新聞夕刊掲載

文:菅原直樹

ぼくの俳優修業は老人ホームでの業務だった。大学卒業後、東京で俳優として演劇活動を続けていたが、演劇だけでは飯が食えず、28歳の時、介護職員として老人ホームで働き始めたら、価値観が百八十度変わった。

昼下がりに老人と窓の外を眺めていると、自分自身を肯定することができた。思い返せば、物心ついた頃から何かを「する」ことを強いられてきた。勉強しろ、仕事しろ、結婚しろ。社会では何かを「する」ことによって、その人の価値が決まる。しかし、老人ホームで自由気ままに過ごしている老人を見ていると、ただそこに「ある」だけで十分に価値があると感じた。

「老いと演劇」OiBokkeShiでは90歳の俳優・岡田忠雄さんと舞台をつくっている。岡田さんは舞台の上にただ「ある」だけで、観客の目を引きつける。たたずまいに、これまでの人生や個性がにじみ出ているように感じられるのだ。

老人や障害のある人と関わることによって、普段の何気ない行為が実はいかに困難で感動的であるかを目の当たりにする。そして、「する」という一歩を踏み出すには、そこに「ある」ことを肯定してくれる存在が必要であることも。

現代社会の生きづらさは、「ある」ことを肯定されることなく、「する」を強いられていることにあるのではないか。 いま「いのち」を見つめ直す機会が求められている。 OiBokkeshiでは老人や障害のある人に舞台に立っていただき、いまここに「ある」ことの奇跡を祝う演劇を作っていきたい。