エッセイ

OiBokkeShiの舞台裏

文=市川博明

今日(2015年1月18日)は「老いと演劇」OiBokkeShiの第1回公演、徘徊演劇『よみちにひはくれない』の初日でした。

……と言われてもよく分からないよ。

と言う方にご説明!

「OiBokkeShi(オイ・ボッケ・シ)」とは、老いと呆けと死とを組み合わせた造語であり、介護士であり俳優でもある菅原直樹さんが作り上げた、岡山県和気町を中心に活動する劇団のことなのです。

そして世の中ではネガティブな意味合いで受け取られがちな「老い、呆け、死」といったキーワードを、演劇と重ねることによって身近なものとして理解し、受け入れ、出来ることなら満喫しちゃおう!といった趣旨の試みでもあります。

さて一昨日のこと。

OiBokkeShiメンバーで共有しているフェイスブックグループページへ菅原さんが一つのスレッドを立てました。

「今日おかじいから電話があり、お姉さんが亡くなったとのことです。しかしおかじいは和気での公演に出演すると言っています。僕はその気持ちを尊重して公演を中止せず、決行したいと思います。」

※文面は僕が勝手に省略して書いてます。正式な文面はもっと丁寧に詳細を書いていらっしゃいました。

…。

書き込みはタイムリーに読める人ばかりではありません、ですが、読んだ方から順に反応がありました。

皆が絶句してる…そう見て取れる反応でした。

おかじいは89歳、そのお姉さんなので90歳は過ぎていらっしゃいます。

お亡くなりになっても大往生とよべるものだとは思います。

しかし、しかし……タイミングが……。

おかじいは始め、その知らせを聞き、頭の中が真っ白になったそうです。

何も考えられず、どうしたら良いのかパニックになったと言います。

電話を切り、取りあえず菅原さんに相談しようと電話を掛けました。

しかしつながらない。

仕方なくおかじいはしばらく頭を整理し一人で考え、答えを出しました。

「わしは和気に行く!」

再び受話器を取り、ダイヤルを回し、姪御さんのいらっしゃる実家へ電話を掛けました。

「すまんけーどな、ワシを待ってくれているお客さんがおるんじゃ。この歳になってワシみてぇな年寄りを必要としてくれとる人がおるんよ。こんなな、ありがたいことはもうないんよ」

おかじいは電話口で泣いたと言います。

受話器の向こうで姪御さんも泣いていたと言います。

僕の文章では上手く表現できてないかもしれません。

でもおかじいは究極の選択をして和気に来る決断をしてくれました。

そしてその後もう一度菅原さんに電話を掛け、お姉さんが亡くなったこと、和気に行く決断をしたことを話しました。

グループページの書き込みを見た僕らは、その夜皆で集まることにしました。

皆と言ってもおかじいは岡山市内に住んでいて来ることは出来ません。他にも遠く離れた場所に住むメンバー、家族にが高熱を出し病院に付き添っている方と全てが集まれたわけではなく、菅原さん、市川を含めて4人が顔を突き合わせて議論しました。

「おかじいはああ言ってるけど、本当はお葬式に行きたいんじゃないのか」

「実はご家族は賛成してなくて、義理立てをして、無理にこちらを選んでくれたのではないか」

「無理にでも公演を中止にした方が良いのではないか」

「演劇を生き甲斐にしているおかじいに、中止になったと伝えたら、逆にショックで落ち込むのではないか」

実にいろんな意見が出て、実に皆が悩みました。

その場でおかじいに電話も掛け、もう一度意思を確認もしました。

その場ではやはり「明日は公演を決行しよう!」となりました。

深夜、集まることが出来なかったメンバーが加わり、今度はグループページでもう一度議論。

「明日おかじいに会いに行こう!そして出来ることならお姉さんのお葬式に参列していただくよう説得してみよう」という話になりました。

話が二転三転したのですが、僕らには答えが出せなかったのです。

明けて土曜日の朝。

僕らは数人で1台の車に乗り合わせて、おかじいの住む岡山市内まで走りました。

昨夜の話で、2月15日に決まっている次回の公演を、初回とすることにし、1月18日の公演を取り止めるように提案してみるつもりでした。

お宅に到着し、車を停め、玄関を叩きます。

おかじいには事前に連絡をしています。

訪問した僕らをおかじいは歓迎してくれました。

僕らは少し緊張し、そしておかじいの歓待に少しホッとしました。

しばらく雑談した後、本題を切り出してみます。

「僕ら昨日話し合ったんです。お姉さんのお葬式に出ることが出来ないのはおかじいにはとても辛いことなんじゃないですか?」

「もし良ければ、明日の公演を中止して、2月15日を初回にすることも出来ますよね?」

間髪入れず「バーンッ!」とテーブルを叩く音が部屋に響きました。

「それは駄目っ!!」

89歳とは思えない大きな声が、おかじいの本気の眼差しと共に僕にぶつかってきました。

「わたしはそんな中途半端な気持ちで和気に行くと言ったんじゃない!」

「そんなにねぇ、簡単に答えをだしたんじゃないよ、市川さんわかりますか?」

それまでの柔らかい口調と一変し、凄みを帯びたオーラのようなものが、僕の体を突き抜けて後ろにある壁を震わせた感覚がありました。

その一瞬で全てを理解出来ました。この人は懸けてるんだと。

そして話してくれました。

何人もの親族に電話を掛け、涙をながし理解してもらったこと。

姉の葬式に出ることが出来ないのがどれほど辛いかということ。

でもこの演劇に懸ける気持ちがどれほど強いかということ。

お邪魔していた僕らは、身じろぎ一つ出来ず、その話をじっと聞いていました。

おかじいという一人の男が、どれだけ演劇に真剣に向き合っていて、どれだけOiBokkeShiとの出会いを大切に思ってくれていて、どれだけ明日の本番に情熱を注いでいるか。

僕らはこの日、この瞬間。

友になりました。

今日、「老いと演劇」OiBokkeShiの第一回公演、徘徊演劇『よみちにひはくれない』は、快晴の元、執り行われました。

俳優陣は最高の演技を観客の前で見せ、裏方のスタッフ陣も完璧に近い取り仕切りをしてくれました。

全てにおいて最高のエンディングを迎えられたと自負しています。

おかじいのお姉さんはお亡くなりになられました。

しかしここに、OiBokkeShiというチームが生まれ、和気町に新たな演劇という文化が生まれました。

とても貴重な時間を、その場に居ることの出来た人々と共有出来たことを、とてもとても誇りに思いました。

みなさん、今日は本当にありがとうございました。

そしておかじい、あなたと出会えて良かった。