コラム「老いと介護の舞台にて」

コラム

第1回「傘で掃除するおばあさん」

文:菅原直樹

僕の肩書きは「俳優」と「介護福祉士」。というと平日に介護の仕事をして、土日に演劇活動をしていると思われるかもしれないけど、僕はちょっと違う。介護の仕事中に演技をし、演劇の稽古中に介護をする。

お年寄りを相手に演技する、といっても詐欺師ではない。介護現場ではどうしても演技が必要なときがあるのだ。

例えば、職場の老人ホームで傘を持って掃き掃除をしているおばあさんを見かけた。普通であれば「いや、それ、傘ですけど…」と突っ込みたくなる。

認知症の人が同じ話を何回もしたり、人を勘違いしたりするのは、記憶障害や見当識障害などの中核症状が原因だ。これらは認知症と診断されたら必ず生じる症状といわれている。

本人はおかしいことをしているとは思っていないので、周りから指摘されると反発する。あまりしつこく指摘されると、声を荒げたり、暴力を振るったり、外に出たりすることもある。認知症になったからといって、感情がなくなってしまったわけではないからだ。

傘で掃き掃除をしているおばあさんも「職員さんが忙しそうだから」と人を思いやる気持ちがしっかりと残っている。ただ、中核症状によって傘を手にしてしまっただけだ。

おばあさんの気持ちに寄り添うにはどうすればいいのだろう。僕は演じてみた。「おかげさまできれいになりました。ありがとうございます。新しいほうきがあるので、用意しておきますね」。照れくさそうに笑ったおばあさんは「あぁ、人の役に立てた」と思ってくれたのかもしれない。

日常生活で演技をするというと、うしろめたさを感じる人もいるだろう。しかし、演技を通じて人と人が心を通わすこともある。僕は今、演劇ワークショップを通じて、全国の介護に携わる人々に演技のこつを伝えている。