コラム「老いと介護の舞台にて」

コラム

第5回「おかじいの日常を描く新作」

文:菅原直樹

劇団「オイボッケシ」の看板俳優・岡田忠雄さんは93歳。認知症の奥さんを自宅で介護しながら、俳優として演劇活動を続けている。

岡田さん夫婦には子供はおらず、奥さんが10年前に認知症を発症してから、介護サービスを利用しながら、岡田さんが介護をしてきた。介護が始まった頃はよく奥さんとけんかをしていたという。泥棒扱いされて頭に血が上り、警察を呼んだことも。言い合いになると、奥さんは「殺せー!」と叫ぶので、思わずこぶしを振り上げることもあった。

しかし、5年前の「老いと演劇のワークショップ」に参加して、苦しかった介護に大好きな演技が役立つことを知った。それ以来、奥さんとの関係が変わった。

ある日、自宅で奥さんが「家に帰ります」と外に出ようとした。これまでだったら「家はここじゃが」とけんかになっていたが、岡田さんは「そしたら暖かい服を着ようか」と演じる。奥さんの言動を受け入れた上で、時間稼ぎをする。「今、道路が混んどんじゃって。ミノル兄さんから、もう少し待っとって、って電話があった」。認知症を患っても昔の記憶は残っているので、お兄さんの名前を出して安心感を与える。「そしたら部屋で待っていようか」「うん」。奥さんは岡田さんと共に部屋へ戻っていった。

 介護に演技を取り入れることで岡田さん夫婦に再び平穏が訪れた。「わしもばあさんも93歳。死んだ時に悔いを残したくない。けんかばかりするんじゃなくて、お互い気持ちよく過ごしたい」。

 最新作「ポータブルトイレットシアター」は、介護する岡田さんの日常を描いた演劇作品だ。苦しかった介護の日常を演劇が救ってくれた。今、岡田さんは舞台に立ち、介護に苦しむ人々を救おうとしている。