コラム
第3回「おかじいと運命の出会い」
文:菅原直樹
2014年6月に、東京から移住した岡山県和気町で「老いと演劇のワークショップ」を開催した。劇団「オイボッケシ」の活動第1弾。演劇を通じて認知症の人との関わり方を考える内容だ。
ワークショップが始まる1時間前、一番乗りの参加者がやってきた。認知症の奥さんを長年介護している、88歳のおじいさんだった。実際に家族を介護している人に参加してもらうのは嬉しいのだが、そのおじいさん、耳が遠いのと、足腰が弱いのが気がかりだった。ワークショップでは、身体をけっこう動かすし、いろいろと話し合わなければならない。それとなく見学を勧めたのだが、おじいさんは自分の話を延々と続け、全く聞く耳を持たない。参加してもらうことにした。
ワークショップでは、グループに分かれて認知症の人が登場する寸劇を作る。発表の時、その場にいた全員が驚いた。おじいさん、演技をやらせたら水を得た魚だったのだ。認知症の老人役を愛嬌たっぷりに演じ切っている。
「何者なんですか?」。発表が終わってすぐに尋ねた。昔から演劇が好きで、定年退職後は数々のオーディションを受けてきたという。実は一番演技経験のある人だったのだ。
運命だと思った。認知症の奥さんを介護していて、俳優を目指している。まさに老いと演劇の体現者だ。もう一度会いたいと思って、人づてにおじいさんの電話番号を入手して、電話をかけた。おじいさんはこう言った。
「これはオーディションに受かったということですか」
これが、オイボッケシの看板俳優、岡田忠雄さんとの出会いだ。それから5年がたち、僕らは6本の公演を打ち、岡田さんは93歳になった。老いと演劇の体現者は年々輝きを増している。