コラム「老いと介護の舞台にて」

コラム

第4回「はち切れそうな表現欲求」

文:菅原直樹

岡田忠雄さん(93歳)の舞台に懸ける情熱はすさまじい。しかし、せりふを覚える気はさらさらない。どうすればこのおじいさんと芝居を作れるのか。これまで5年間、この矛盾と闘ってきた。

第1作目の台本では、認知症の妻を介護する高齢男性の役、つまり、実生活のままの岡田さんを演じてもらった。台本のせりふを覚えてもらうのではなく、岡田さんがよくする話を台本に組み込んだのだ。

「舞台の上で死ねたら本望だ」。岡田さんの口癖なのだが、93歳が言うとリアルだし、重い。僕らもどうすれば岡田さんが舞台の上で…とついつい考えてしまう。

最初の頃は、高齢だから肉体的負荷はかけられないと、出演シーンは少ないが印象に残る、いわゆる“おいしい役”を用意した。しかし、岡田さんは「もっと出たい」と言う。せりふを覚える気もないのに…。

年々、岡田さんの出演シーンは増えて、最新作では1時間半出ずっぱり、しゃべりっ放し。ラストシーンでふらふらしながら熱演する姿に、僕らは本当に岡田さんを舞台の上で…と考えてしまった。

昨年7月、岡田さんは脳梗塞を患った。連絡をもらった時は頭が真っ白になった。駆けつけると、幸い後遺症はほとんどなく、澄ました顔で「監督、次回作お願いします。わしはお通夜の晩まで俳優を続けますよ」と言う。

リバビリは順調に進み、1ヶ月で退院できた。介護施設に預けていた奥さんも自宅に帰り、以前の生活に戻った。しかし、2人とも93歳。正直、綱渡りのような生活だ。

それなのに、いや、だからこそ、岡田さんは舞台に立ち続ける。老いという不条理を受け入れる唯一の方法は、表現すること。今や岡田さんの表現欲求は、はち切れんばかりだ。