コラム「老いと介護の舞台にて」

コラム

第8回「この瞬間を共に生きる

文:菅原直樹

天気がいいことに感動して泣いたことはあるだろうか。僕はもらい泣きをしたことがある。

朝の老人ホーム、僕はおじいさんの介助をしていた。介助が終わり、部屋のカーテンを開けた。雲ひとつない青空が広がっていた。「いい天気ですね」と声をかけると、おじいさんは突然泣き出した。

僕は驚いた。しかし、おじいさんと青空を眺めているうちに、だんだんと僕も泣けてきた。80年間いろいろあった。また新しい一日が始まる。まるでそのことを祝っているかのような青空だ。

このことを看護師に伝えたら「感情失禁だね」と言われた。感情失禁とは、ちょっとした刺激で感情があふれ出す症状で、脳梗塞の後遺症の一つ。

キツネにつままれたような気持ちになった。あの感動はなんだったのか。「感情失禁」という一言で片付けてしまっていいのだろうか。いや、あの瞬間にこそ介護の希望があったのではないか。

お年寄りは、今この瞬間が一番いい状態で、明日はさらに老い衰えてしまうかもしれない。突然、病に倒れてもおかしくない。お年寄りと今この瞬間を共に生きる、これが介護者の基本姿勢なのではないか。

しかし、これがなかなか難しい。家族を介護していると、過去を思ってその人の前で素直になれなかったり、未来を思って厳しく当たってしまったり。老いを受容できた段階で初めて身につく姿勢なのかもしれない。

介護を通じて、この姿勢を身につけると、自身の老いが怖くなくなる。認知症になっても、今この瞬間の豊かさを享受することができるからだ。

記憶の中の景色も大切だ。しかし、今目の前に広がっている景色はそれの比較にならないほど豊かだ。この当たり前の豊かさに気付き、共にいる人と分かち合うこと。これが介護の恩恵なのではないだろうか。